​長編 エナメルの夜を泳ぐ魚達

#-01 テーブルクロス

「クラッカーの煙が喉を伝って肺に溜まる時の滑らかな暖かさがとても好きなの。その滑らかな暖かさが体の細胞一つ一つに染みこんだ時に思い出すことがあって、それはね、私が四歳の時に母に連れられて行ったデパートの八階に在るレストランの赤色のテーブルに掛けてある透明なビニールのテーブルクロス。レストランの入り口には小さなガラスのショーケースがあって、蛍光灯の白い灯りの中にはホットケーキとサンドイッチとカレーライスとナポリタンとプリンアラモードとクリームソーダーとバニラアイスの見本が飾ってあって、ピンク色のガラスの器に入っているクリーム色のバニラアイスを除いて、どれもうっすらと埃をかぶっていて汚れているの。座る席は何時も窓際の赤色のテーブルでね、その窓からは街の真ん中を流れる大きな川と昔は歌舞伎用の舞台があった古い瓦屋根の映画館と造船所が見えて、母は必ずその席に座ったの。テーブルのクロスは皿とかグラスとか灰皿とかソースや醤油の入れ物、食べこぼしの跡で汚れていて、私はそのクロスを綺麗にしてあげようと思ってナプキンで一生懸命に拭いてあげるの。だって、母はとても赤い色が好きなの、テーブルの色は赤でしょう、だから。でもいくら拭いても綺麗にならないの。私は悲しくなって横に座っている母の顔を見上げながら綺麗にならないねって言って、でも母は窓の外を見ているだけでなにも答えないからテーブルに置かれた母の赤いハンドバックからハンカチを取り出そうとシルバーのボタンを開けた時に、赤いマニキュアの細い指で私の頬を撫でながら母はこう言うの、リリコ、それは拭いてもとれないのよ、いろんな人達がこのテーブルに座ってお食事をしましたっていう印を残していくの、リリコがその印を消してしまったらこのテーブルに座った人達が可哀想でしょうって。だからね、私もこのビニールのテーブルクロスに印を残すことにしようと思って、食べていたバニラアイスを少しだけこぼして帰ってくるの。このテーブルで食事をした人達が私と母を思い出しますようにって、ねえアキラ、バニラアイス食べよう」

 アキラは、隣で透明なガラスのパイプにクラッカーを詰めているリリーの頭を撫でてベッドから立ち上がると台所へ行き冷蔵庫を開けた。冷凍庫の冷たい空気がアキラの顔を舐めて足下に流れていく。アキラはロックアイスとスイートコーンとブルーベリー、木苺が詰まっている中からバニラアイスを取りだして部屋に戻りリリーの隣に座った。

 ベッドが小さく揺れてリリーの手からパイプが滑り落ち白いシーツの上に吸いかけのクラッカーがこぼれて散らばった。壁にもたれて座り、俯いたままリリーはなにも言わずに落ちたパイプを見つめている。アキラは、リリーの白い太股に垂れ下がる細く長い髪をゆっくりと掻き上げながら赤いエナメル色の唇と瞳の下にある小さなほくろと黒く長い睫毛を見つめ、瞼に優しくキスをした。

 部屋に流れていたNIRVANAの曲がIn BloomからCom As You Areに替わった。オーバードライブの歪んだギターの音からリバーブをかけた透明で悲しいギターの音がBoSEのスピーカーから流れる。

「私、この曲とても好き。プロモーションビデオの雨が階段を流れ落ちるところも猫がその階段を歩くところも好き。」

リリーはNo I don’t have a gun と小さな声で歌った。アキラが、そっと唇にバニラアイスを押し当てるとリリーは冷たい白い容器に舌先で触れた。

「アキラ、またロンドンへ行こうね。今度は仕事じゃなくて旅行をしょうよ。オックススフォードストリートに行ってワールズ・エンドでアキラが赤のロングドレスを私に買ってくれるの。それから急いでホテルに戻って裸にドレスだけを着てベッドの上でアキラの為に踊ってあげるの。そうしたらアキラはドレスの上から私の胸に触れてこう言うの、このドレスの生地は何って?私は嬉しくなってこのドレスの生地はベルベッドだよって教えて、その後にクスリとかグラスとかいっぱいやってセックスをするの」

リリーは早口で話すとアキラの肩に頭をもたれて素敵だと思わない?と言った。アキラが手に持っていたバニラの容器から冷たい滴が腕を伝って落ち、白いシーツの上染みこんで消えて言った。

「リリーは肌が白いからきっとそのドレス、よく似合うよ」

アキラは、バニラの蓋を開けて裏側についていたクリーム色のバニラを指ですくって舐め口の中に広がる甘い香りと冷たい液体が喉を流れていく心地よさを感じながら赤いロングドレスで踊るリリーの姿を想像した。リリーがアキラの着ている白いタンクトップの上から乳首に刺しているシルバーのリングピアスにキスをした。アキラはバニラを中指と人差し指ですくい取り自分の口に入れると、そのままリリーにキスをして舌と一緒にドロドロのバニラを流し入れた。白い唾液がリリーの口から溢れて藍色の血管が透けて見える白い首から胸にかけて白いラインを引いて黒のブラジャーに染みこみ止まった。アキラは、白い線に沿ってゆっくりと舌を這わせてブラジャーに染みこんだバニラを吸いながら、リリーの体がバニラアイスになったような気がしてリリーの体を溶けてなくなるまでずっと舐めてあげるよと言った。

「アキラの体に私の体が染みこんで私の印がついたら、アキラは私のこと忘れない?いつでも思い出す?」

NIRVANAのボーカル、カート・コバーンがポリーはクラッカーを欲しがると繰り返し歌ってる。

「デパートのテーブルクロスみたいに?」アキラが言った。

@ 2016 by snow sound /shasin no heya

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