​長編 エナメルの夜を泳ぐ魚達

#-11 ロックンロールだろう?

窓の外から子供の遊ぶ声と、雨が降ってきたから早く家に戻りなさいと子供を呼ぶ母親の声が聞こえる。ユキネは雨と子供と母親の声を聞きながら、もう、限界だと思った。

「オサム、ここに閉じ込められてから、何日たった?」ユキネは横に寝ているオサムに言った。

「一週間」オサムがユキネのペニスから手を離して言った。

「外にはテレビ局のレポーターが一日中僕のことを狙っていて、僕のことを知りもしない人達が暇にまかせてコメントをして、レコード会社はユキネの宣伝になるからいいじゃないかと言う。ロックンロールだろうユキネと、フォークシンガーのような長髪に黒いスーツを着てコンバースの白いハイカットを履いたプロデューサーは言う」

「どうしたの?」オサムがそう言ってユキネにキスをした。

「もう神経がもたい」ユキネがキスをされたまま呟いた。

「えっ?」オサムがキスを止めてユキネを見つめた。

「神経がもたいよ。この部屋に閉じ込められているのはもう嫌なんだ。限界だよ。頭が変になってくる。どっか、行こうぜ」

オサムはため息をついて、気持ちは分かるけど無理だよと言った。

「外にはまだ沢山、いるよ。テレビの人」

「もう、いいよ。もう、僕には関係ない」

ユキネはタバコに火を点けると深く煙を入れた。

「レコード会社はどうするの?当分の間、部屋でおとなしくしていなさいって、言われたんでしょう」オサムは、ユキネの太ももに手を乗せながら言った。

「ねえ、僕がもっと気持ちいいことしてあげるから、もう一回、しよう」オサムはユキネのペニスを握った。

「もう、いい。きっとレコード会社も喜ぶと思うよ。また僕がなにか事件をおこせばCDが売れるってさ。ロックンロール、そうだろう?テレビを見ている人達も、また楽しめるだろうし、あの女だって、自分がテレビに出れるから嬉しいだろうし。オサム、お前が一緒に行くのが嫌なら僕は一人でも行くよ。バイクの鍵を貸してくれ」ユキネはペニスを握るオサムの手を振り払った。

「わかった。僕も行く」オサムは深くため息を吐き出すとユキネを見つめた。

 ユキネはシャワーを浴びてから、素肌の上に黒い革のオーバーオールを着て、赤いエンジニアブーツを履き、オサムは部屋に来たときと同じ、赤い革のライダースに黒い革の半ズボンと白いコンバースを履いてエレベーターに乗り、地下の駐車場に向かった。エレベーターの中でオサムはユキネに、このライダースまだ汗で濡れているから気持ち悪いと言った。

「今日も暑いでしょ?革は好きだけど、夏は嫌い」オサムが言った。

ユキネはエレベーターの床に落ちていたオレンジ色の小さな花をブーツの先で転がしながら、オサムにこの花の名前はなんて言う名前か知っているかと聞いた。

「マリーゴールド」オサムは灰色の床に潰れてばらばらになった花びらを見てそう言った。

 薄暗い駐車場に止まっている車はどれも高級車ばかりで、白いポルシェ911の横にオサムのヤマハSR400が止まっていた。

アルミタンクが駐車場の薄暗いライトに反射して鈍く光っている。ユキネはオサムに、世界中のどの高級車よりもSRが一番かっこいいと言った。オサムはバイクにまたがり、タンクの横にあるイグニッションに鍵を差し込み回した。スピードメーターとタコメーターがうっすらと光り、黒の半キャップを被りゴーグルを付けたオサムの顔の左半分を照らしだした。

ユキネはオサムの顔を見て、昔MTVで見アニメーションを思い出した。確かあのプロモーションビデオはケン・イシイの曲だったよなと思った。傾斜している駐車場の入り口が明るく光っている。振り出した土砂降りの雨が作り出した幾つもの細い水の流れを見つめながら、オサムはバイクのチョークを引き、軽く三回キックを踏んでから、バイクの前に立つユキネに、木村 ゆうこに何をしたのと聞いた。ユキネは、ユキカと同じことをしようとしたと言った。

「どんなこと」オサムが言った。

「今は言いたくない」ユキネが言った。

「でも彼女には無理だったんだ。心がもたなかった」ユキネが言った。オサムは、心がもたないと一度小さく呟いてから、バイクのキックを強く踏み込んでアクセルを開けた。

 

8月 14, 2015

 

 

 

 

 

 

 

 

8月 13, 2015

エナメルの夜を泳ぐ魚たち

#-10 ランチ

 フランスパン三本、ロックフォール二個、ブリー・ド・モーチーズを二個、アンチョビ入りのグリーンサラダを二つ、生ハム六枚、野菜入りモルタデラー六枚、ムルソー一本、シャブ一本、コントレックス一本、ピクニックシート一枚を高島屋の地下にある明治屋で買い、アキラとリリーとハルは多摩川の川原の田園都市線が走る陸橋の太いコンクリートの下にシートをひいて柱にもたれて座りランチを食べ始めた。川は太い流れと細い流れに幾つも別れ、太陽の光が反射して金色に輝いている。川の流れが交差している所で小学生ぐらいの男の子二人が釣りをしていた。

「多摩川に魚なんているの?」ハルが生ハムとレタスをパンには挟み、その上にアンチョビを乗せて聞いた。

「ここは、すごくデカイ鯉がいるんだ」アキラがパンを千切りながら答えた。

「どれぐらい?」ハルが聞いた。

「一mぐらい」

「一m?本当に?」

「嘘」

「本当はどれぐらい?」

アキラはロックフォールチーズを食べながら両手を肩幅に広げた。

「大きいね」ハルが驚きながら言った。

「すごいだろう。僕も一度だけ釣りに来たことがあるけど、全然釣れなくて、近くで釣りをしていた小学生がさ、五十センチぐらいの鯉を釣り上げて、この川にはもっとでかい奴がいっぱいいるって教えてくれたんだ」

「橋の上から川を見ると沢山泳いでいるのが見えるよ。アキラ、ワインの栓、抜いて」リリーがムルソーをアキラに渡した。

「外で食べるのっていいね。小学生のときに遠足で山とか海へ行くでしょう?今ね、お母さんが作ってくれたお弁当の味を思い出した、卵とハムのサンドイッチ。今日、リリコとアキラに会って良かった」ハルが言った。アキラがフランスパンを手で小さく千切ってハルに渡したとき、ハルは手に持っていたモルタデラーと一緒にペーパーアシッドをアキラに渡した。一センチほどの小さな灰色の四角い紙にバッドヘッドの顔が書いてある。ハルはリリーに気づかれないようにアシッドを舌の上に乗せた。

「ハル、そのスキンヘッドとトカゲはどうしたの?」リリーが指に付いたアンチョビを舐めながら言った。

「髪の毛は邪魔だから切ったの。トカゲは代官山のドレスコードで入れたの」

「彫松のお店?」アキラが言った。

「そう。ねえ、もしも三人で空を飛ぶことができたら、四日で世界を一周して、どこか南の島で暮らすの。素敵だと思わない?」ハルが瞼を閉じて、顔を上に向けて言った。陸橋の隙間から差し込むレモン色の太陽の光がハルの顔に斜めの線を入れる。

「南の島って?」リリーがサングラスを掛けてハルを見て言った。

「どこでもいいよ。でも初めはプーケットかな。そこでアキラは麻のシャツを着て、リリーは肩のでる黒い細身のワンピースで、ビビアンのだよ、ウエストがものすごく細いやつ。そしてハルは裸で暮らすの」

「裸?」リリーが言った。

「そう、裸だよ。なにも着ないの。リリーとアキラがハルをペットにしてるの。楽しいよきっと。必ず行こうね。アキラ、楽しいよね。きっと。ワンワンってハルが鳴くと、二人が散歩に連れて行ってくれるの、砂浜を歩くの。散歩の途中で二人は何度もキスをして、今日みたいにランチを食べて、疲れたらベッドに三人で寝るの、セックスも三人でするの。いい?」

空を見上げていたハルの顔がゆっくりと傾きリリーの肩にもたれて止まった。ハルはリリーの体から微かにただようクリスタルの香りの中で幸せを感じてそのまま瞼を閉じた。水色のワンピースを着た女の子を抱いた老人が三人の前を通りすぎて行く。女の子に向かってアキラが手を振ると、女の子はバイバイと恥ずかしそうに言って老人の肩に顔を埋めた。

「アキラ、ハルが変になっているよ。どうしたんだろう?」リリーが肩にもたれているハルの肩を抱きながら言った。

「ハル、LSDを飲んだ」

「えっ、アキラ、ハルに飲ませたの?」

「自分で持っていた。ペーパーに染込ませたやつ」

リリーはハルの頭を撫でながら、どうしてこんなところで飲んだりするのと言った。

「ハル、貴方はドラッグはやらないって言ってたじゃない?どうしたの?」

「リリコは今日はどうしたの?って、そればかりだね。クスリはやることにしたんだよ。ただそれだけ。体がね、フワフワで感覚がないよ。みんなオレンジに見える。空も橋も川もまぶしくて輝いて見えるよ。光が粒子が放射状に広がっていくのが分かる?アキラの顔が見えないよ。リリー聞こえる?花が呼吸している。もうすぐ雨がふるからって教えてくれたよ」ハルはゆっくりと目を開けた。

瞳孔が大きく開いている。

「大丈夫?」リリーはハルを抱きしめた。

「大丈夫だよ。自分の言っている言葉の意味が分かるから。ハルは今、物になりたいの。物になりなさいってリリーは言ってくれる?お願い」

ハルの体が小さく振るえ始めた。

「アキラ、家に戻ろう。このままだとまずいかも」リリーが言った。

その時、すいませぇぇぇぇぇぇぇんんんんんと叫びながら、釣りをしていた男の子が一人走って来た。

「少しだけ、パンを分けてくれませんか?」

ニューヨークヤンキースの帽子を被った男の子がピクニックシートに置いてあるランチを見て言った。アキラはここにある食べ物は全部君にあげるよと言った。

「そんなに、沢山はいらない」ヤンキースが言った。

アキラが持っていたパンを渡そうとしたときに、リリーに抱きしめられていたハルが、どうしてパンが欲しいのと聞いた。

「パンを川に流すと鯉が釣れるんだ」ヤンキースが得意げに言った。

「そう、すごいね」ハルは足元にあったアンチョビサラダ入りのパンを男の子に渡した。

ハルの手が震えている。

「お姉ちゃん、どうしたの?病気?」ハルの震える手を見ながらヤンキースが言った。

「パッパンでどうやって釣るの?」ハルが言った。

「パンを小さく千切って、いっぱい川に流して、その中の一つだけに針を入れて釣るんだよ」ヤンキースは見えない釣竿で魚を釣る真似をした。

「本当に、パッ、パンで釣れるの?」ハルが言った。

「本当だよ。おねえちゃん知らないの?カッパえびせんでも釣れるんだよ」

「そう」ハルは男の子に微笑んだ。

ヤンキースは嬉しそうにもらったパンを上に高くほうり投げると、アンチョビサラダをこぼさずに両手で受け止めた。

「つぅつっ、釣られた、魚、かっかっかわいそうじゃない?」ハルが言った。

「かわいそうじゃないよ。なんかおねえさんの顔が変だよ。話し方も変だし。どうして頭に髪の毛がないの?どうして絵が描いてあるの?」ヤンキースは手を伸ばしてハルの頭に触れようとした。アキラはヤンキースの腕を掴むと、このおねえさんは病気で家に帰らなくてはいけないんだと言った。

「どうどっどうして?さっかな、かっかっかっわいそうじゃないの?」

リリーがロックフォールチーズを手に取って、これもあげるからもう行きなさいとヤンキースに言った。

「それなに?パンじゃなきゃ釣れないよ」ヤンキースはそんなことも知らないのと言うように顔をしかめてジュンコに言った。

「魚は痛みを感じないんだって、神経がないからバカなんだって、理科の今林先生が教えてくれたよ。だから可愛そうじゃないよ。おねえちゃん、話し方が変だよ。なんでハゲなのか教えてよ」ヤンキースがニヤニヤ笑いながら言った。

「痛みを感じないとバカなの?」ハルはそう言うと立ち上がりヤンキースの目を見つめた。ハルの左目の下に蒼い血管が浮き出ている。

ヤンキースのニヤニヤ笑いがゆっくりと消えていった。

「だって、先生が言ってんだ。友達のイシちゃんもイノくんもあそこにいるリュウちゃんもバカって言ってたもん」

「痛みを感じないとバカなの?ハルは痛みを感じないよ。ハルはバカ?」

ヤンキースはハルの言葉に体を一瞬震わせててから、アキラとリリーの顔を見つめた。ハルはヤンキースの肩を両手で強く握った。

「おねえちゃん。痛いよ」ヤンキースの声が震えて今にも泣き出しそうな顔をしている。

「ハル、止めなさい」リリーがハルを手を押さえながら言った。

「ねえ、教えてよ。ハルは毎日オナニーしてハルはお尻に入れるの、痛くはなかったよ。気持ちがよくて、ハルはバカなの?ボーカルに、物になりなさいって言われて嬉しかったの、魚にだってなれるよ。心の深いところに沈んでいるものを私はもう一度、引き上げたの、もう我慢はしないの、ママもパパもどうでもいいの。本当は、どうでもよくないの。ねえ、教えてくれない?理科の先生なら分かるかな?スイートルームの人達は素直で正直でそして受け止めているの。受け止めるってどうすればいい?君は教えてくれる?ボトルを入れてもらったの、あの音と匂いがね私にいけないことをさせるの。私は、私、私、私私私は」ハルはヤンキースの体を揺さぶりながら、私は淫乱なんかじゃないと叫んだ。

ヤンキースの頭から、帽子が落ちてヤンキースは大声で泣き出した。

「痛いよぅうううううううっ、はなしてよぅうううっ」泣き声が陸橋に反射して辺りに響きわたる。釣りをしていたもう一人の男の子が、見ている。

「ハル、もう行こうぜ」アキラが言った。

ヤンキースの肩を抑えているハルの手をリリーが外して、ハルを抱きしめた。

その時、マルチーズを連れたペーズリー柄の服を着た小太りのおばさんが立ち止まった。

「ハル、帰るよ」リリーが言った。

「貴方達、何をしているのかしら?」小太りペーズリーが近づいてきた。ハルが振り向き、小太りを見た。その隙に、ヤンキースはハルの左肩を叩いて走り出した。

 陸橋の上を田園都市線が通り過ぎて行く。マルチーズが吠える声と、小太りが止めなさいとか警察を呼ぶとか叫んでいる声が電車の車輪とレールが軋む金属音音で掻き消される。釣りをしていたもう一人の男の子はいなくなっていた。ヤンキースは、お前たち狂っているバカと唾を飛ばして叫び、持っていたパンをハルに向かって投げつけた。パンはハルの顔に当たり、アンチョビが頬にへばり付き、ハルは小さな石が沢山ある川原に両手を付いてしゃがみこんだ。ハルの大きな瞳から涙がこぼれて石に小さな丸い染みを作った。アキラはハルの側に落ちていたパンを拾うと、甲高い声で吠えている犬に向かって投げつけた。

パンは犬には当たらず、側に落ちて潰れただけなのに、それでも小太りはギャァァァァァと悲鳴を上げると、私のマリーちゃんに何をするのと口を震わせ、潰れてレタスがはみ出たパンを食べているマリーちゃんを抱きかかえた。リリーは四つん這いになったままのハルの前でしゃがみこむと、顔に付いたアンチョビをハンカチで拭いた。

「ハル、帰ろう」

ハルの長いまつ毛の先から零れ落ちる涙を指先ですくいながらリリーが言った。ハルはリリーの肩に顔を埋めると、私を受け止めてくれる?と小さな声で言った。リリーはハルを抱きしめながら当たり前のことを聞かないでと言い、アキラに帰ろうと言った。

小太りデブ女は、マリーちゃんを抱きかかえながら、小声で、私のマリーちゃんにパンをぶつけたのは許さない警察を呼ぶわ、警察を呼ぶわと繰り返していて、アキラは女に近づくと、マリーちゃんを抱いているでかい胸の谷間に、持っていたシャブリを押し込んだ。女は、ひゃぁぁぁぁっと小さな声を上げて、抱いていたマリーちゃんとシャブリを落とし、シャブリがマリーちゃんの背中に当たって、ごんと、鈍い音をたてて跳ね返り、石に当たって割れ、ワインとガラスが飛び散って、女が履いていた金色の糸で像が刺繍してあるスエードのパンプスを汚した。マリーちゃんは川向こうに向かって、猛スピードで走り、小太り女はマリーちゃんの後を追って走り、石に躓き転んで額から血を流して、警察を呼ぶから待っていなさいと叫びながら消えて行った。

 二子橋を渡り始めたとき、雨が降り出した。アキラは、リリーがハルの肩を抱きながら歩く二人の後姿を見つめながら、少し離れて歩いていた。

空を見上げるといつの間にか空は灰色で雲の隙間からは光の柱が何本も差し込み、雲が移動するのにあわせて、見え隠れしている。もうすぐ雨が降ると言っていたハルの言葉を思い出しながら、アキラはハルに貰ったペーパーアシッドを口に入れた。舌が痺れながら少しずつ感覚を麻痺させていき、心臓がスピードを上げて血液を送り出していく。アキラは、橋の手摺りから身を乗り出して下を覗き込んだ。小さな波紋が幾つも生まれては消える川の中をゆっくりと泳ぐ二匹の鯉が見えた。鯉はぴったりと寄り添い、まるでダンスでも踊っているかのように大きなカーブを描きながら、流れに逆らって泳いでいた。

@ 2016 by snow sound /shasin no heya

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