@ 2016 by snow sound /shasin no heya

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​長編 エナメルの夜を泳ぐ魚達

#-13 レポーター

 湿気を含んだ冷たい風が空気を冷やし、流れの速い灰色の雲の切れ間から青空が見え隠れしている。突然降り出した土砂降りの雨は、一瞬のうちに煉瓦造りの門の周りに大きな水溜りを作り、打ち付ける雨が幾つもの波紋を作っていた。レポーターはオレンジ色のスーツと髪が濡れないようにメークの女の子が持ってきた青色のビニール傘を差してロケバスに向かって歩いていた。煉瓦が敷き詰められている地面にできた水溜りと雨水の流れが、昨日買ったばかりのピンクのパンプスを汚した。レポーターは画面に映し出された自分を想像し、この雨のせいで髪型が崩れてしまったけど自分としては今日も満足のいくレポートが出来たと思っていた。レポーターがメイクの女の子に今日の私のレポートはどうだったと聞くと、メイクはTBSと書かれたハイエースのドアを開けながら、とても良かったですと答えた。

「良いのは当たり前なのよ。ミドリちゃん。良いだけじゃ駄目なの。視聴者の心をぐっとつかむものがないといけないのよ。ミドリちゃんが専門学校を卒業したら、私の専属メイクとして使ってあげるから、それまではメーキャップの勉強を、もっと沢山しないと駄目よ」レポーターが言った。

 運転席に座って携帯電話で話をしていたディレクターがレポーターを見て電話を切り、ユキネが犯した女が明日、CDデビューをする記者会見を開くらしいから、今撮った映像を明日は使わないと言った。

「やっぱり、おかしいと思ってたんだ、あの女。しっかり事務所がついていたし、素人ぽっくなかったし、ユキネは、はめられたってやつだね」ディレクターが携帯電話の画面をTシャツの袖で拭きながら言った。

「ちょっと、まってよ。雨の中でレポートしている映像が欲しいって言ったのは、貴方でしょう?それを使わないってどういうことよ」レポーターはそう言って、メイクから渡されたタオルで濡れた髪を拭いた。

「数字が取れる映像が最優先なの。あんたさ、何年この仕事しているのか分からないけど、いいよ。嫌だったら辞めても、代わりはいくらでもいるから、なんなら、ミドリちゃんでもいいよ。若いし」ディレクターはレポーターを見ずに携帯の番号を押しながら言った。レポーターは携帯電話で話している黒縁めがねを、今ここで殴れたらどんなにいいだろうと思った。大学を出たばかりで現場も知らない、包茎やろうのくせに。私はお前とは違ってこの仕事に誇りを持っているの。いずれは、メインのニュースキャスターになって、こいつを現場で苛めてやる。

「やだな、冗談よ。そう、あの子がCDを出すの?」レポーターが笑顔で言った。

ディレクターは電話を切ると、今から、明日あの女が開く記者会見前に使うコメントをマンションの前で撮るからと言った。

「今すぐ?雨が土砂降りじゃないの」レポーターが目を大きく見開いて言った。

「なに言っての?レポーターだろう。雨なんか気にしていたら仕事になんないよ。何年この仕事やってんのよ」ディレクターは黒縁めがねを外すと小さな一重瞼の細い目でレポーターを見つめて舌打ちをした。レポーターは絶対こいつを殺してやると心に誓いながら、カメラの前で私はなんと言ったらいいのかしらと、笑顔で聞いた。

 レポーターはミドリちゃんに髪型を直させ、新しい水色のスーツに着替えた。髪型を直しているときに、ディレクターは髪型なんかどうでもいいだろうと言った。

「時間がないんだよ。撮ったテープをすぐに編集所に入れなきゃ明日の朝4時に間に合わないよ、編集オペレーターに怒られてしまうだろう」

レポーターは水色のスーツに着替えながら、明日の番組に同じ服を着て映りたくはないのと笑顔で答えた。土砂降りの雨の中、ユキネの住むマンションの門の前でレポーターは傘を挿しながらカメラの赤く光るレックランプを見つめていた。傘の先から落ちる雫がレポーターの背中を濡らし、地面を打ち付ける雨が履いている白いストッキングと水色のパンプスを濡らし、湿気でセットした髪型が崩れていく。他局のレポーターやカメラマンは局に戻り、住宅街に響きわたる雨音が、レポーターの声を消していった。レポーターは崩れていく前髪と傘の先から落ちる雫にいらつき、カメラのレックランプが消えるのを待たずに、話すのを止めてロケバスに向かって歩き出した。レポーターが歩き出したとき、門の上についている丸い街頭の上に、ずぶ濡れの雀が口にミミズを咥えて止まった。雀はクネクネと動くミミズを片足で押さえながら小さな嘴で赤黒い体を引き裂き飲み込んでいった。カメラマンがファインダーをとおしてその様子を見ていると、降り続いていた雨が突然止んだ。灰色の雲の隙間から傾き始めたオレンジ色の太陽の光が、マンションの窓に反射してキラキラと光、水溜りにレポーターの影を映してロケバスに向かって歩いていたレポーターは空を見上げた。雨の音が消えた静けさの中、レポーターは傘の先から流れ落ちる雫を振り払い、傘を閉じた。外灯に止まっていた雀がずぶ濡れの体を震わせ、羽についた雫を飛ばしたとき、マンションの地下駐車場から一台のバイクが出てきた。カメラマンは雀から、すばやくバイクにカメラを向けた。バイクのアルミタンクが太陽の光で反射している。カメラマンはカメラをズームしながら運転している赤いライダースの男を映し、次に後ろに乗っている黒いオーバーオールを着た男を映した。銀色のヘルメットを被りゴーグルをした顔を見たとき、カメラマンはユキネだぁあああああぁあああああああと叫び、バイクに向かって走りだした。レポーターは初め、カメラマンがなぜ叫びながらバイクに向かって走り出して行ったのか分からなかった。濡れた背中と足と髪、全てが不愉快で、少しでも早く家に帰りたいと思っていた。ハイエースから、飛び出してきたミドリちゃんが何か大声で叫びながら、レポーターに近づいていき、その後に出てきたディレクターの叫び声で、レポーターはバイクに乗っているのがユキネだと理解した。

 オサムは自分達に向かって走って来るカメラマンとレポーターを見て、スロットルをゆるめながら、後ろに乗るユキネにどうするのよと叫んだ。ユキネは、オサムのヘルメットを二回軽く叩くと、耳元で轢いちゃえと言った。オサムはユキネの言葉で、バイクを止めてエンジンをふかしながら後ろを振り向き、今なんて言ったのと聞いた。エンジンをふかしながら止まっているバイクを見て、カメラマンとレポーターは走るのを止め、立ち止まった。四百CC単機筒エンジンの太く重い音が響く。

「轢いちゃえ、って言った」ユキネが言った。

マンションのエントランスのガラス張りのドアが開いて中から白いラルフローレンのポロシャツに灰色のゴルフパンツを穿いた管理人が出てきて、二人乗りのバイクに向かって静かにしろと叫んだ。二階のベランダから、うるさいと男が叫んでいる。レポーターはハゲにラルフローレンは似合わないと思いながら、男に向かって左手を上げると、マイクの感触を確かめて、バイクに乗っているユキネとオサムにゆっくりと近づいていった。その後ろ姿をカメラが写しだしている。レポーターはカメラのレンズを気にしながら、自分の歩く後ろ姿を想像していた。

「もっと体の中心を意識しながら歩かなくちゃだめ。絶対に猫背に映ってはだめなの。きっと、今から私が始めるこのレポートはビッグニュースになるはず。あぁ、もっといいスーツを着ていたら良かったのに。髪型も今すぐにでもセットをしてもらいたい。ユキネ、なぜ、雨が降る前に現れなかったの。全国の視聴者が私を見るのよ。これをきっかけにして私はニュースキャスターになるのよ。今まで我慢してきたんだもの。これは神様がくれたチャンスなのよ。そうでしょう。ユキネ」レポーターは心の中で歓喜の歌を歌っていた。そして、いつもより真剣な表情で顎を引き、背筋を伸ばして歩いた。

「こんな糞みたいな現場とフニャチンの包茎ディレクターなんて、私がやる仕事じゃないもの」レポーターは笑い出すのをこらえる為に唾を飲み込んだ。

「笑ってはだめ、今日は真剣にこの仕事をやり遂げるの」

ユキネはレポーターのにやけた顔と形の崩れた髪型と雨でよれよれになった水色のスーツとマイクと小さな赤いレックランプをつけて自分とオサムを映しているカメラを見て、三日前に見た映画の題名を思い出そうとしていた。

「あの映画で、レポーターは最後に主人公の前で命乞いをした後、ライフルで撃ち殺されてしまったよな。今、僕もライフルを持っていたら、きっと崩れた髪形とニヤニヤ笑いに、銀色の玉を撃ち込んでいるのに」水色のスーツが血で赤くなるところと、カメラが横倒しになって映像が切れる場面をユキネは想像した。レポーターはユキネとオサムの六メートル手前で止まり、前髪を左手で書き上げ、マイクを口元に近づけてユキネを見つめた。

ディレクターとミドリちゃんは門の前で三人を見つめ、管理人はマンションのエントランスの前で腕組みをしている。ユキネはオサムの腰に腕をまわしてから自分の足元を見つめた。キラキラと傾きかけた太陽のオレンジ色を反射している水溜りの中に、バニラアイスの小さな容器が潰れて落ちていた。ユキネはここを抜け出したら、一番初めに冷たいバニラアイスを食べようと思った。オサムとセックスした後に銀のスプーンでバニラを食べながら、姉のユキカのことを話してやろうと思った。その考えがとてもすばらしいことのように思えてユキネは嬉しくなり、潰れたバニラアイスの容器を水溜りから拾い上げ、傾いている太陽に向かってほうり投げた。クルクルと回転しながら水しぶきを飛ばし飛んでいく容器をカメラが追い、容器はレポーターとバイクの間に落ちて、レポーターの足元に転がって、止まった。レポーターは水色のパンプスに当たって止まった容器を踏みつけると、ゆっくりとユキネとオサムに向かって歩き出した。ユキネはエンジンを吹かし続けているオサムのヘルメットを二回叩くと耳元で、もう行こうよと、呟いた。オサムは頷くと、近づいてくるレポーターを見つめながら乾いた唇を舐め、スロットルを全快に開けて、クラッチを放した。雨が上がった後の空気はとても澄んでいて雲の切れ間から見える空はオレンジ色で、きっと僕とユキネはこれからもこんな空気の澄んだ空の下でずっと一緒にいるんだと、オサムは思った。クラッチを放した指先に雨の雫が当たってオサムはその冷たい感触に指先を一瞬見つめた。タコメーターの針がレッドゾーン八千回転までいっきに回り、SRは前輪を浮かせて走り出した。キャプトンマフラーから単機筒エンジンの爆音が響きわたり、オサムは鳥肌が立つくらいに興奮した。レポーターは自分に向かって、前輪を上げながら突っ込んでくるバイクをぎりぎりのところまで引き付けてから避けてやろうと思った。だって、そのほうが良い絵になるだろうし、もしかしたら映画の話もくるかもしれない。ちょっとぐらいぶつかったほうが、視聴者の同情をかうことができて、キャスターになったときの印象がいいかもしれないと思った。でも、思っているよりバイクのスピードは速かったし、顔のすれすれに近づいてきたタイヤは大きく見えた。レポーターは体を反らして避けながら、すぐ側ぎりぎりをバイクの前輪がすれ違う瞬間にユキネと目が合って、思わずマイクを差し出してしまった。マイクは前輪のサスペンションに当たり跳ね飛ばされて、空中でクルクルと回転しながら水溜まりへ落ちた。マイクが跳ね飛ばされた後にレポーターの水色のスーツの袖に付いていた金色のボタンがスポークに引っかかり巻き込まれて行く。レポーターは大きく見開いた瞳で、巻き込まれて行く自分の右腕を見つめながら、どんなときにもマイクを相手に向けてしまうレポーターとしての癖を後悔した。バイクの前輪が煉瓦造りの地面に着地したとき、スポークとフロントホークの間で潰されていくレポーターの腕がちぎれる音がマンションの壁と地面に反響して響き渡った。このゴリとかゴキャとかグキョとか今までに聞いたことのない音は、辺りにいた人達にも聞こえて、カメラマンはファインダーを覗きながら全身に鳥肌がたち、ミドリちゃんは悲鳴をあげながら顔を両手で覆い、ディレクターは顔をしかめながら、携帯電話のカメラで写真を撮りまくり、マンションの入り口にいた管理人は耳を塞ぎ、マンションのベランダでうるさいと叫んでいた男は昼に食べたペヤングソース焼きそばとビールを吐き出した。

レポーターは自分の腕が折れていく音と、筋肉や脂肪や血管が千切れていく、プチプチと言う音を聞きながら、悲鳴をあげた。

「私は今、何をしてるの?何が起こっているの?この痛みと赤い液体はなに?」今までマイクを握り締めていた腕はスポークとフロントフォークの間に挟まり、赤黒い血とクリーム色の体液を撒き散らしながら千切れ飛び、管理人の肩に当たって、煉瓦造りの地面を転がった。ユキネはレポーターの腕が千切れる瞬間にレポーターが発した、あえぎ声に似た声を聞いて勃起をしてしまった。甘い声の痛みの叫び、ユキネはユキカの顔を思い出し、後ろを振り向いた。レポーターはアスファルトに倒れ、右肘から何本もの筋になって円を描きながら噴出している血液を浴びながら、パンプスが脱げてストッキングが伝線して親指が飛び出している両足をばたつかせている。

カメラマンはファインダーの中で大きくなっていくSR400の前輪に水色の切れ端を発見して恐怖を感じ、その場にカメラを置いて、走り出した。走るカメラマンに向かってディレクターがカメラを離すなと叫んでいる。オサムはハンドルを右手だけで持ちながら、左手をアスファルトすれすれまで下げて、置き去りにされたカメラを拾い上げ、後ろのユキネに渡した。ユキネは、カメラを受け取ると後ろを振り返り、血を噴出し倒れたまま動かない赤いスーツを着たレポーターに向けてカメラのレックボタンを押して、テープを回した。メイクボックスを抱えた、スタイルのいい女の子が、赤いスーツの女に駆け寄り、赤く染まった地面に膝を付き両手を空高く突き上げて悲鳴をあげている。管理人は、地面に転がるレポーターの腕を見つめたまま放心状態で、一瞬動いた人差し指と中指を見て昨日食べた海老とニラを吐き出し、その横に空を見上げながら立ち尽くしているカメラマンがいた。SRがマンションの門を通り抜けて行くとき、ハイエースから男が飛び出してきて後を追ってきたけど、すぐにあきらめて走るのを止めた。煉瓦造りのマンションはファインダーの中で小さくなっていき、ユキネはカメラを止めると、空を見上げに紅色に染まっている太陽と雲を見た。飛行機が雲を引きながら、飛んでいる。

「オサム、スピードをおとしても大丈夫よ」ユキネがオサムのヘルメットを軽く叩き背中にぴったりと自分の体を押し付けて言った。オサムの心臓の鼓動がユキネの心に響き、ユキネは心地よいリズムに合わせて、微かな声でメロディーを口ずさんだ