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​長編 エナメルの夜を泳ぐ魚達

#-15 雪華

 「ここは何階なの?」オサムはベッドに座り窓から見える観覧車を見つめながら、トイレから出てきたユキネに聞いた。

「なに?」ユキネは着ていた革のオーバーオールで濡れた手を拭くと、冷蔵庫を開けてルームサービスで頼んだバニラアイスを二つ取り出して一つをオサムに渡して隣に座った。

「この部屋、何階だっけ?」もう一度オサムが聞いた。

「三十三階」

ユキネは、ゆっくりと回転している観覧車の中心から外側に向かって、青い電飾が流れていく様子を見つめた。

「高い」オサムはバニラを両手で握り締めながら言った。

「大丈夫か?」

オサムの大きな瞳から涙が溢れて頬を伝い、黒い革の半ズボンの上に落ちた。

「うん、大丈夫だよ。スーツの女、死なないよね」

オサムの声が震えている。

「腕がなくなったって、死なないよ。ただ、マイクを持つとき困ると思うけど。それ、食べろよ」

ユキネはオサムが握り締めているバニラの蓋を取り、シルバーのスプーンをクリーム色に差し込んだ。

「あの観覧車には何人の幸せな人達が乗っているんだろね」そうオサムが言いうと、ユキネは幸せな人ばかりじゃないだろうと言った。

「そうだね。好きな人と一緒でも、そうじゃない人だっているよね」

ユキネはゆっくりと回転する観覧車を見てから、今日のことはとても感謝していると、オサムに言った。

「感謝?」

オサムは小声でユキネの言った言葉を呟くと、唇を噛み締め、持っていたバニラアイスを窓に向かって投げつけた。クリーム色の塊が飛び散り、小さな丸い容器がベッドに跳ね返りユキネの右手に当たった。窓ガラスにへばり付いた幾つもの小さなクリーム色がゆっくりと流れ落ちて行く。

「僕は、ユキネに感謝されたくて一緒に居る訳じゃない。感謝だって?そんな言葉を聞きたくて人を轢いてまでして逃げ出したんじゃない。ねえ、なぜ、分かってくれないの。こんなにもユキネのことを愛しているのに。それなのに、ユキネは僕にありがとうとか感謝とか、僕はユキネのなんなの?」

ユキネはオサムの言葉を聞きながら窓の外を見ていた。赤色に変わった観覧車の電飾が、窓にへばり付いて流れるクリーム色と重なって、ピンク色に見えた。観覧車の骨組みの間から見える海の色は黒く、ぼんやりと光る月を映し出している。オサムは立ち上がると、灰色のカーテンを閉めて、黙っているユキネの唇を見つめた。ユキネは、頬を伝い落ちていく涙を見ながら、ユキカもオサムのように感情を素直に吐き出せる人だったら、死ぬことはなかのかもしれないと思いながら、溶けかけているバニラをシルバーのスプーンですくいオサムに差し出した。スプーンからクリーム色の雫が落ちて、白いシーツに小さなシミを作った。オサムは頭を左右に小さく振ると、大きくため息をついて、ユキネの横に座った。

ユキネは、差し出したアイスを自分の口に入れると、姉のことを話すから、聞いてくれと言った。

「姉?」

「マンションを出るときに言っただろう。テレビに出ていた女と姉の名前が同じだって」

「僕は、ユキネがあの女に何をしたのか知りたい」

ユキネは右手を差し出すと、オサムのオレンジ色の髪に差し入れながら、あの女のことはもう、どうでもいいんだと言った。

「ユキカの腕と太ももを革のベルトで縛ると血管を流れている血液が止まって肌の色が初めは白からピンクに変わりそれから紫色になるのがとても綺麗で好きだった」

ユキネの言葉を聞いて、オサムは俯いていた顔を上げてユキネの顔を見つめた。ユキネの顔は血液が無くなったかのように白く、時々、頬の筋肉が痙攣したようにピックっとひきつっている。

「五十本のロウソクに火を点けて、その明かりに照らし出されたユキカの体はとても美しくて縛られて僕の前に転がっている物のようなユキカを見ているとユキカが心で思っていることを僕は感じとることができるんだ。貴方を愛しているのは私だけだって」

オサムは一瞬、愛しているの言葉に、体をビクンと小さく震わせて、ユキネの太ももに手を置いた。肌に食い込む革のベルトが、ユキカが転がるたびに軋み、その革のすれる音がユキネの心に沈んでいた物を浮かび上がらせていく。

「ユキカの唇にオレンジ色のエナメルを塗って、唇が噛み千切れるほどのキスをすると甘い唾液が僕の舌の上に流れて僕とユキカは一時間以上もキスをし続けるんだ。舌が麻痺して感覚がなくなってくるとユキカの舌の上で動く僕の舌はネバネバの液を出しながら絡み合う為だけに生きている自分の意思とは全く関係のない別の生き物になってその生き物が僕の体と心を包みこんだときに僕は初めて本当の自分になれるんだ」

「ワタシハアナタノタメダケニイキテイルノアナタハワタシニナニヲシテモイイ」

ユキカの幼さがのこる呟く声が聞こえたような気がして、ユキネは立ち上がると部屋を見渡した。一瞬、このホテルの部屋が、三年前にユキカと住んでいた家に見えた。海岸沿いに面した小さな平屋。死んだ、母と父が残してくれた、唯一の家族の思い出が詰まった、大切な家。窓を開けると波の音とが聞こえて、夜になると港に入ってくる船の灯りが綺麗で、ユキカは波に揺れる船の灯りをただ見つめているのが好きだった。

「オサム、音楽をかけて」

ユキネはカーテンを開けると、観覧車のピンク色の電飾を見つめながら、持っていたバニラをテーブルの上に置き、マンションを出るときに持っていたジョイントに火を点けた。

甘い味を肺の中に溜めながら、心に閉じ込めた記憶を引きずり出すのは意外と簡単で残酷なんだなと思った。

「チャンネルはどこがいい?」オサムが言った。声が震えているのが分かる。

「どこでもいい」

バッハのアリアが流れたとき、ユキネはここでいいと言った。ユキカはバッハが好きだったから、これでもっと深く心の底からユキカを引きずり出せるとユキネは思った。

「エナメルのベルトで縛られて潰れたユキカの胸から突き出している紫色の乳首を舌の先で舐めると冷たくてその冷たさを感じた舌は元の自分の舌に戻ってまた僕とユキカは舌が別の生き物になるまでキスをするんだ」

ユキカの舌が絡みつく感触がユキネの舌に蘇り、口の中に甘いユキカの唾液がながれて、頬にユキカの細くて長い黒色の髪の先が触れた気がしてユキネは手を顔の前に持っていき抱きしめようとした。

「縛られたユキカの冷たい体を抱きしめながらユキカはただの物でそれ以下でもそれ以上でもなくてただ心臓の鼓動だけがドッドッドッって聞こえていてとてもとても愛おしくてでも唇とオマンコだけはいくらきつく縛っても暖かくてヌルヌル動いて小指の先ぐらいに膨らんだクリトリスに舌の先で触れるとユキカは美しい声で鳴くんだ」

「ワタシハアナタノモノナノタダノモノ」

ユキカがユキネの頭を撫でながら言う。ユキネはもっと、深く、深く、ユキカに近づくためにジョイントを肺の中に入れた。

「ねえ、ユキネ、もうこの話は聞きたくない、止めにしよう」オサムはそう言うとユキネの指からジョイントを取った。

「駄目だ。もう少し、もう少しで、ユキカが戻ってくるんだ」ユキネは頬を痙攣させながら、瞳孔の開いた目を大きく見開いて、言った。ユキネの肌の色がどんどん白くなっていく。オサムは、ユキネの顔を見てこんな美しい人は見たことがないと思った。

「ユキネ、どうしたの?なぜだか分からないけど、今のユキネはすごく美しいよ。そして、なぜかユキネは死んでしまう気がするよ。ねえ、もう話さなくていいよ。お願いだから」

オサムはユキネに抱きつくと、ベッドに押し倒しユキネの口を塞ぐようにキスをした。

オサムの涙がユキネの頬に落ちる。ユキネは、オサムの髪を掴むと大きく左右に振り、ユキカと二人だけにさせてくれと叫びながら払いのけた。

「ワタシトユキネハエイエンニカラミアワナクテハイキテイケナイノ」ユキネの耳元でユキカが呟く。

オサムは体をのけ反らせてベッドから落ち、背中をチョコレート色の丸いサイドテーブルに打ち付けて絨毯の上に倒れた。テーブルの上に置いてあったガラスの小さな灰皿が落ち、灰を撒き散らしながら絨毯の上を転がっていく。

「この話を聞いたら、僕達は終わりになってしまうよ。ユキネ、お願いだから止めて」絨毯の上でうつ伏せになって倒れているオサムが泣きながら言った。部屋に流れているバイオリンの音を聞きながらユキネは、大きく上下を繰り返しているオサムの背中を見つめていた。

「終わりとか、始まりとか、そんなこと、誰も分からないだろう」

「ワタシトアナタハウマレテカラシヌマデヲナンカイクリカエソウガハジマリモオワリモナイノ」

「だた、時間が過ぎていくだけだ。終わりにしたくないことがあるなら、心にしまい込んでしまえばいい」

ユキネはオサムを抱き上げると、話を続けさせてくれと言った。

「ユキカの口とオマンコから甘い液体が糸を引きながら流れて身体が痙攣を始めると僕はペニスをユキカのアナルに入れる」

ユキカの喘ぎ声が聞こえる。

「ホントウノワタシハココニイルノ」

腰を振るユキカの背中は美しくて、反り返っている背骨を指でなぞり、細い腰を両手で掴み深くペニスを入れる。部屋に流れているバイオリンの音がパイプオルガンの音に変わった。ユキネのペニスが勃起している。

「アナルの中に入れたペニスにひだが絡み付いて、血液が集まってくる感触はとても素晴らしいんだ。なって言ったらいいのか分からないけど、小さくて目には見えないガラスの破片が幾つもペニスに刺さっている痛みに似ていると思う。その痛みの中でペニスを出し入れしながらユキカの口か漏れる声と溢れる唾液を吸って、紫色の硬い乳首に触れるとユキカの身体はドロドロに溶けてなくなってしまうんだ」

「コノママワタシヲコロシテクダサイ」

ユキネの瞳にユキカの細い指が映り、その指がゆっくりとユキネの顔を撫でている。ユキネは自分のペニスを握り締めるとゆっくりと上下に動かした。

「ユキカの身体が何度も痙攣をして縛った身体に限界が来たとき縛っていたベルトを外すとアナルに集中していた血液が紫色の身体にものすごい速さで流れてそれと同時にペニスに伝わっていた痛みが僕の身体を包み込み僕は柔らかくて暖かい胸に顔を埋めて射精をするんだ」

「ワタシヲコロシテクダサイ」

ユキカの唾液とオマンコの甘い香りが部屋の中に広がりユキネは唇を舐めた。

「ゆっくりと肌の色がピンク色になっていくユキカはとても美しくて僕はその身体と唇に軽くふれるぐらいのキスをするとユキカは身体を大きくのけ反らせて痙攣させながら叫び声をあげていくんだ」

「ワタシヲワスレテハダメハナシテハダメハヤクコロシテ」

ユキネの握り締めているペニスから吐き出されたクリーム色の精子を見つめながら、オサムはもう終わりだと呟いた。

ユキネは寝ていたベッドから起き上がると窓のカーテンを開けた。窓にオサムが投げつけたバニラアイスの跡が残っていて、ユキネはその跡に顔を近づけて匂いを嗅いだ。朝方の曇っている銀色の空の下に回転していない観覧車が見える。人を乗せていない観覧車はとても寂しく見え、回転軸から放射状に伸びている幾つもの太いパイプに細いワイヤーが血管のように絡みついている。動いていない観覧車を見ることなんて、そんなにあることじゃないよなと、ユキネは思った。小さい子供のころ、家族で遊園地に遊びに行くと、山沿いの道を車で走っていると一番初めに見えてくるのは、ゆっくりと回転している大きな観覧車で、ユキネは観覧車が大好きなのにユキカは観覧車を見るといつも怖いと言いながら母親の胸に抱きついて泣いていた。

ユキネは窓に残っているバニラの流れた後を舌でそっと舐めた。舌に感じるガラスの冷たさと甘さにユキネは、ユキカと声を出さずに呟いた。オサムは、ユキネがユキカの名前を叫びながら握り締めたペニスから吹き出したザーメンを見ると、黙って部屋を出て行った。きっとオサムはもう僕のことを好きではなくなってしまっただろうなとユキネは思いながら、誰も乗っていないゴンドラを見つめた。ユキネは目を閉じて、オサムのペニスの尿道から入れている金色のピアスを思い出して、ペニスにキスをしながら舌に感じるピアスの感触が僕は好きだったなと思った。ホワイトゴールドだよとオサムはピアスを入れたときに僕に教えてくれた。ゴールドだけじゃないってところがいいよと、僕は答えた。オサムは幸せな表情で、舐めるときは優しくしないと変形してしまうから気をつけてねと言った。だってゴールドは柔らかいからさ、僕のペニスみたいにね。ユキネが、オサムのペニスを想像しながら目を開けると、ユキネの目の前で観覧車をバックにユキカが立っていた。ユキカは革のベルトで固められた顔から舌だけを出してユキネを待っていた。ピンク色の舌の先から唾液が落ちる。

「アナタノココロノソコニシズンデイタワタシヲカイホウシテクダサイ」

ユキネは、ユキカの舌に自分の舌を絡め、ユキカを抱きしめた。ユキカの冷たい唇から溢れる唾液がユキネの頬を伝い、抱きしめた指先にユキカの体の振るえが伝わり、指先に感じた幸せにユキネの心が解放されて、ユキカを包みこんでいった。

 ユキネは震える指先でガラスに残るバニラの流れた跡に触れ、そして、観覧車の誰も乗っていないゴンドラを見つめながら、「姉さんを解放してあげる」と、呟いた。

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